松山御殿とは首里桃原に有った尚真王の
長女 佐司笠按司加那志の御殿として築造された場所で
琉球国最後の王 尚泰王の四男、尚順(1873〜1945)が
住居として使用していた約5000坪を占めていた邸宅跡
ちなみに尚順は、沖縄銀行や琉球新報を設立したり
沖縄農業にパイナップルなどを導入したお方でございます。
どんな干ばつでも水が枯れることはなかったと伝えられ、
桃原村時代の貴重な飲料水だったそうです。
「エビアン」に対向して「シュリアン」でもつくr・・却下
階段を下り小さなトンネルを抜けるともうひとつ泉があります。
小学生の頃、この近辺で良く古銭を見つけた記憶があります。
龍潭池で釣りをしたり旧琉球大学の校舎で幽霊ごっこもしたな。。
首里城再建時は興味も有ったので城内「王の間」の天井の塗装も担当しましたよw
その時の凄んごい秘密も有りますが・・・水に流します。
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